プロフィール

なまえ
堀川一郎
チーム
桜ヶ丘ロイヤルズ
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プロフィール
桜ヶ丘ロイヤルズ(さくらがおかロイヤルズ、Sakuragaoka Royals)は、1949年から1980年まで32年間活動した日本のプロ野球球団。パシフィック・リーグに所属していた。

概要
1949年、桜ヶ丘製紙株式会社と信越日本鉄道株式会社の合同出資により設立された桜ヶ丘野球株式会社をスポンサーとする桜ヶ丘シルクスが結成された。「シルク(絹)」は当時の桜ヶ丘製紙の主力商品「シルクペーパー」から命名された。
1949年に発足した太平洋野球連盟(パシフィック・リーグ)に加盟。当時信越日本鉄道の終着駅であった新潟県桜ヶ丘市内の佐倉山駅そばに佐倉山球場(現:佐倉山スタジアム)を建設し本拠地とした。

1960年に当時の皇太子妃ゆかりの地となったことから、佐倉山球場の改修とあわせて球団名を桜ヶ丘ロイヤルズに改称。同時期より戦力強化をはかり、堀川一郎が監督を務めた1964年から1969年の間に3年連続を含む4度のAクラスとなるなど球団成績が大きく向上した。本郷義男、塚原春雄、猪尾篤規の外野手3人は機動力のある打線を支える看板選手として活躍し、信越日本鉄道の特急列車の名称になぞらえ「ローゼオライナートリオ」の愛称で親しまれた。

1973年と1979年に生じたオイルショックにより出資会社のひとつである桜ヶ丘製紙の経営が悪化し、これに伴い球団経営が困難となった。当時7球団のパ・リーグで試合日程が組みにくくなっていた事情も合わさり、球団存続が困難との判断から1980年12月に日本プロ野球機構の承認を得て球団を解散した。解散後一部の選手は横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)、南海ホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)に所属して現役を続けた。
桜ヶ丘ロイヤルズ消滅から27年が経った2007年、新潟アルビレックス・ベースボール・クラブが創設され再び新潟県にプロ野球チームが発足した。

出典
坂本義太夫『幻の球団 桜ヶ丘ロイヤルズ』(民明書房、1992年)
公開アドレス
http://kima3.net/gekipawa6_mlb/geki_profile.cgi?u=%96x%90%ec%88%ea%98Y